(NO40-168のテープのB面の朝とヨルの間に入っていた)


 大変、良くないというか、もう本当に悪い事だと思うね。自分の思うようにしなければ気がすまん。自分の思うようにならなければおかげにないように思うておる人がいる。
 ですから、思いもなって行く時には本当に、これは、有り難い、有り難いでは済まされん。ね。本当にあの、警戒を要する時である。思うようにならん時ほど、思い以上のおかげを頂けれるそれは元だと悟らせてもらわないかん。
 私信心のおかげというものはね、人間の小さい考えとか願いとかといったような事がその、成就するといったような事ではなくてね、本当に思いもかけないおかげになって行くのでなからなければ本当のおかげではないと思う。
 ですから、どうぞ、思い以上のこの、おかげを頂けれる為に、自分の思うようにならないその事にです、大事に、その思うようにならない事がそれは、んー、思い以上のおかげの頂けれる、元だから、その事を私は大事に取り組んでいかなければいけないと思うね。

 何か、まあ、こうして、奉修委員の方達の中に、特にこの美登里会なら美登里会という人たちの中に、中にそれ非常に強い物を感じるですね。自分の思いどおりにしなければ、あー気がすまんといったような、それぞれの内容にあるですよ。ね、これは大変いけない心だと思うですね、おかげの頂けにくい心です。ですから、そこんところを本当に神乍らにそれを、思うようにならない事をその事を一つ大事に、していかなければならん。思い通りにならん事が実は思い以上のおかげになる元になるのである。(?)。悟らせて頂かなければならん。ね。そして、本当に見て御覧なさい、もう本当に思い以上の事になりましたというようなおかげにならなければ、私は、本当の信心で頂くところのおかげにならないと思う。どうぞ今日は思い通りにならんその事を本気で一つもう、真剣にその事の内容を検討させてもらい、それを有難く頂かせてもらって、ね、神様の願いが本当に成就するというか、おかげを頂く、私共が思い以上のおかげを頂く時こそが、私は神様の願いが成就していきよる時だという風に思うですね。
 どうぞ、自分の思うようにならんと気が済まんという心を一つ解決して行きたいと思うですね。どうぞ。